なぜ科学は敗北するのか?


図説金枝篇を読んでニセ科学について考えた - 私は私だけのみかた


 すげえ良テキスト。金枝篇って読んだこと無いけど、これって全てのイデオロギーの基本原理じゃないかなって思う。これっていうのは呪術ね。

1.呪う相手の髪の毛を用意する。かつて接触していたので、互いに影響を与え合うはずだ。
2.髪の毛を人形の中に入れる。髪の毛と接触したから、人形と呪う相手が影響を与え合うはずだ。
3.人形なので、人の形に似ている。五体満足な人形と五体満足な相手は似ている。
4.人形が怪我をすれば、呪う相手にも似た影響が出るはずだ。そんなわけで釘を胸のあたりにドーン!


 このように、似ているもの(類似)が影響を与える(感染)のを基本原理としているのが呪術であるとフレイザーは言っているらしい。


 強大な呪術が組織をネットワーク化して広範囲に広がったのが宗教ってところかな。ガンジーが「私はキリスト教徒がきらいだ。キリスト教徒はキリストのようではない。」みたいなことを言ったらしいけど、つまりこれは宗教の呪術的性質を否定してるってことだよね。崇拝対象の「類似」として偶像を作り、それを持ち歩くことで崇拝対象のすばらしさが「感染」すると思っている。そしてそれは、おおよそ崇拝対象の本質云々とはあまり関係が無い。キリストは十字架なんて持ち歩かない。


 政治家とシンパの関係とか、カリスマ社長と学生の関係とか、電通スイーツ(笑)の関係とかもこれに近い気がする。たぶん社会のほとんどは未だ呪術で出来てるんじゃないかな。

呪術から科学へ

似た条件を用意すれば似た結果になる。科学における再現性が「同じ条件を用意すれば同じ結果になる」ってのと似てますよね。


また、直接接触した物同士が影響を与え合うことはしばしばありますよね。


呪術ってのは結局、科学が生まれる萌芽なんです。論理が生まれる元なんです。


条件Aを満たすと結果Bが起こる…「どうしておこったの?」をきちんと突き止めれば科学。そこを行わないで「じゃあCならDだな!」とはやとちれば呪術。


離れた物が影響を及ぼした。不思議だ。「なぜ及ぼしたか?そもそも及ぼしたのだろうか?」をきちんと突き止めれば科学。「一度くっついたらずっとつながってるんだよ!理屈は気にすんな!魂とか心とか!」では呪術。


 ある意味、科学の歴史は呪術への挑戦の歴史とも言えると思う。なぜモノは上から下に落ちるのかと考え続けていたらキチガイ扱いされてしまったニュートンとか、地球は太陽の周りを回っていると言い張ったために火あぶりされてしまったコペルニクスとか。そういう意味ではエセ科学を叩く知的階級の方々も勇気あるチャレンジャーなのかも知れない。でも、こういった勇気ある行動も報われず、たいていの場合、科学は呪術に負けてしまう。科学のほうが正しいはずなのに、未だに水伝とかマイナスイオンを信奉している人がいる。


 単に人間がバカだからとか、そんな話じゃないと思うんだよね。敬虔な宗教信奉者にも素晴らしく賢い人はたくさん居るし、逆に科学者にもバカな人間はたくさんいる。ただ、科学と呪術の性質を見比べた時、そこにはどうしても科学が超えられない高い壁がそびえ立っている。

呪術には速効性がある


 要はすぐに心の平穏が得られるんだよ。人生とか、方法論とか、不可思議現象とか意味の分からないはっきりとした答えの無い不安で怖いものに対してすぐに答えを出してくれる。ドラえもんが四次元ポケットから「人生、宇宙、すべての答え」を出してくれるようなもん。


 それに対して科学は時間がかかる。仮説と検証を繰り返して、さまざまな人とディスカッションを行い、決められた範囲の中で限定的な答えを出す。そして答えが出た頃には、既に呪術から得られた別の答えが広まっていてもう手遅れ。そこで科学者が「正しい」答えを振りかざそうものなら、集団リンチされたり、火あぶりされたり、おまいら空気嫁って言われたりする。

じゃあ科学はどうすればいいのか?


 自分たちがごく少数のマイノリティであることを自覚するだけでいい。決して自分たちがメジャーで正しいと思わないこと。そうすれば、正義感だけでエセ科学叩いて満足して呪術で返り討ちにされることもなくなる。むしろ科学はネタだ、変態のすることだと割り切ってマッドサイエンティストを演じ、たまにガリレオみたいにボソッと「それでも地球は動いている」と言えばいいんだよ。そんな日陰の人生を強要されるのが科学者だとしても、幸運なことに科学にはそれに耐えるだけの価値がある。


 だって結局、呪術で生きてる数億の人間の生活を物理的に支えているのは少数のマッドサイエンティストと正しい科学なんだよね。いくら呪術師が理論をこねくりまわそうと、自動車は走るし飛行機は飛ぶし洗濯機はパンツを洗ってくれる。そうやって縁の下の力持ちな感じを常に楽しみほくそえんでいれば、それだけで科学者はハッピーなんだよ。