カルト芸術が日の目を見る時 - 平城遷都1300年祭マスコット騒動


平城遷都1300年祭:マスコットキャラに市民から批判 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/today/news/20080302k0000m040103000c.html


 平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターが公開され、そのキモさがネット上で非難を浴びている。まあ、パッと見確かにキモい。じっくり見るとさらにそのキモさが滲み出てくる。そもそもこのキャラクターの原案者、籔内佐斗司氏は東京藝術大学教授という権威であるが、彫刻界でも有名な人らしく、彼のホームページで作品のいくつかが公開されている。


籔内佐斗司美術館へようこそ。
http://www.uwamuki.com/j/museJ-f.html


 童子の彫刻が多く、そのほとんどが不思議なキモさと躍動感に満ちている。和風ホラーのクリーチャーとかデザインさせたら多分最高だろう。好き嫌いは激しいだろうが、一般的な大衆芸術のレベルははるかに超えていることが素人目にもわかる。俗に言うカルト芸術という奴である。

カルト芸術の排他性とクオリティ


 カルト芸術は、そもそも一般ウケしないことを前提に作られる。マーケティング的に言えばニッチ戦略である。大衆に迎合しないことで、流行のノイズを排除し鋭い感覚を作品に傾けることが出来る。また、情報収集やプロモーションの手間を省き、その分製作に時間を費やすことで、おのずと芸術の質は上がる。そのために、わかる人だけに熱烈な共感を与え、わからない人には嫌悪感を与えて排除することで、その独自の地位を保持し続けるのだ。
 こういった一部の分野では異才であるカルト芸術家は、アンダーグラウンドで黙々と作品を作り続け、いい作品を発表し、熱狂的なファンに支持を集めることで生計を立てる。それを生きがいとして生きていくのである。
 しかし、何らかのきっかけでこれらのカルト芸術がブレイクし、突然日の目を見ることになった時、悲劇は起こる。きっかけは、有名人のシンパがふと漏らした感想であったり、権威の紹介や推薦であったりするわけだが、その親切心が仇となる。カルト芸術はそもそも8割の人間に嫌悪感を与えるように設計されているのだから、大衆にウケるはずは無い。大衆の不満や嫌悪感は批判、そして怒りへと変わり、その怒りは理不尽にも製作者にぶつけられることがあるのだ。


平城遷都1300年祭・マスコットキャラクターについて
http://www.uwamuki.com/j/1300qanda.html


 籔内氏にもかなり罵声に似た批判メールが届いているそうだが、彼は丁寧に返信をして、相手の意見を柔軟に取り入れつつ、自分の正当性を主張している。自分の作品によほどの自信を持っていなければ、これだけの対応は出来ないだろうし、世の中の8割の人間に背を向けて生きるカルト芸術家などやっていけないのだ。

シド・ミードとカルト魂


 この騒動に似た事例として思いつくのが、シド・ミードのデザインしたターンAガンダムである。シド・ミードといえば映画「ブレードランナー」のコンセプトデザインを手がけた、未来的デザインの先駆者である。

∀ガンダム 1 [DVD]

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 この人がなぜガンダムを作る依頼を受けたのか、なぜ断らなかったのかはわからないが、彼は今までのガンダムとは全く違うフォルムのガンダムを作り上げた。その独特なフォルムは不恰好であると蔑まれ、独特なチークガード(頬あて)はヒゲガンダムと蔑まれた。プラモデルも売れなかったらしい。
 シド・ミードがコンセプトデザイナーとして優秀なのは自明なことだが、大衆玩具の発売を前提として作られるべきであるガンダムのデザインにおいては、明らかに失敗だった。どれだけ優れていようが、大衆デザインである以上、売れなければ失敗なのである。そしてその理由はもちろん、シド・ミードがカルト芸術家であり、バンダイと富野監督がその価値を見極められなかったからなのである。

ANS Exclusive Interview: Legendary Mechanical Designer Syd Mead
http://www.animenewsservice.com/archives/sydmead.htm

あたりのインタビューを見ると、シド・ミードは不勉強であんなフォルムのガンダムを作ってはいないことがわかる。過去にもガンダムの企画を手がけているし、メカニックデザインの前にパトレイバーなどの日本のロボットアニメを見尽くしたそうだ。それらのスリムでスタイリッシュな傾向を知った上で、あえてかれはスモウレスラーをモチーフとしてデザイン製作に取り掛かった。そこがカルトなのだ。世間に迎合しないし、むしろ世間が求めていないものを作る。
 籔内氏もそうだ。彼の造形力と知識があれば世間に迎合するキャラデザなんて簡単に作れるはずであり、事前のリサーチも相当しているはずだ。それなのにあえて誰も期待してないようなものを作るのは、彼がカルト芸術家であればこそなのだ。カルト信者はそこにシビれたりあこがれたりしていればいいのだ。一般人がそれを叩くのは筋違いだし、彼の策略にはまって釣られているとしか思えない。


 ターンAガンダムのデザインは、今でも一部の熱烈なファンによってひそかに支持され、年々その評価を見直されつつある。平城遷都1300年マスコットキャラクター(名称不明)も、いつの日か一部のカルト信者によって支持され、芸術として認められる日が来るのだろうか。